織田信長

古地図

京都古地図|京都にはなぜ「東本願寺」と「西本願寺」がある?その理由

本願寺はなぜ京都に建てられたのか  京都駅の北には、広大な敷地を持つ2つの寺院が存在する。堀川通花屋町の西本願寺と烏丸通七条の東本願寺である。 『京大絵図』を見ると、江戸時代からすでにこのような形になっていることがわかるが、同...
戦国時代

【早わかり戦国時代】戦国武将必須の教養!茶の湯を家中統制の道具として利用した織田信長

茶の湯は戦国武将必須の教養だった  日本における茶の湯の歴史は、平安時代末期、臨済宗の僧・栄西が宋から喫茶法を持ち帰ったことにはじまるという。ただしこの頃の茶は飲み物としてというよりも、「薬」として用いられていたようである。 ...
戦国時代

【早わかり戦国時代】織田信長の威光を世に知らしめた「京都御馬揃」とは?

20万人以上が詰めかけた一大イベント  天正8年(1580)閏3月、石山本願寺の顕如けんにょは朝廷の斡旋を受け、同所を織田信長へ明け渡すことを決した。ここに、元亀元年(1570)9月以来続いていた石山合戦の幕が閉じる。  一方...
戦国時代

【早わかり戦国時代】弱体化していた室町幕府が崩壊しなかったのはどうして?

将軍の座を巡る争い勃発  室町幕府の歴史は建武3年(延元元・1336)にはじまり、3代将軍・足利(あしかが)義(よし)満(みつ)の時代に全盛を迎える。だが、その権力基盤はきわめて脆弱であり、将軍の座を巡ってたびたび反乱が起こっている...
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