京都古地図|平安神宮はなぜ岡崎につくられた?古地図を見れば理由が一目瞭然!!

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古地図
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平安遷都1100年を記念してつくられた平安神宮

 古都・京都には数多くの寺社が建ち並んでいますが、そのなかでも観光客を多く集める神社のひとつが、岡崎に鎮座する平安神宮です。

 京都には悠久の歴史を誇る寺社が多いので、平安神宮もそうだと勘違いされやすいのですが、創建は明治28年(1895)2月とじつは比較的新しい神社なのです。

 祭神は、京の地に平安京を開いた桓武天皇、明治維新の礎を築いた孝明天皇です。

 桓武天皇による平安遷都(794年)から1100年目という節目を記念し、京都市は「平安遷都千百年紀念祭」を行なうこととし、そのパビリオンとして平安神宮を創建したのでした。

 社殿は平安京大内裏の朝堂院を模したもので、実際の8分の5のスケールでつくられました。

 また、式典の一環として、平安神宮の南では第4回内国勧業博覧会が開催されました。

 同年4月1日から7月31日までの4か月間で、113万余人もの入場者を集めるほどの大盛況となりました。

 この入場者を運んだのが、日本で初めてつくられた路面電車です。現在も平安神宮の神苑内に当時の車両が保存されています。

 また、京都三大祭りのひとつとして知られる時代祭も、 紀念祭 に関連して行なわれるようになりました。桓武天皇が平安京に遷都した10月22日、平安時代から明治時代までの服装に身を包んだ人々が京都御所から平安神宮まで練り歩く姿は見ものです。

平安神宮はなぜ岡崎の地にたてられた?

 平安神宮の建築地として岡崎が選ばれた理由は、当時の古地図を見れば一目瞭然です。

 江戸時代、京都は鴨川よりも西側で都市化しており、当時の岡崎地区は田畑が広がるばかりの農村だったのです。それは明治時代に入っても変わりませんでした。

 平安神宮の敷地面積は約2万坪。第4回内国勧業博覧会の会場にあてられた敷地は約5万坪です。すでに都市化しているエリアでこれだけの広大な敷地を確保するのは難しかった。そこで岡崎に白羽の矢が立てられたというわけです。

 内国勧業博覧会の終了後、主要な建物は撤去されましたが、明治30年(1897)、常設の博覧会館が設置されました。明治36年(1903)には動物園が開園。また、美術館や図書館などが建造され、こうして岡崎は京都を代表する文化・芸術の拠点へと姿を変えることになったのでした。

 平成27年(2015)10月、「京都岡崎の文化的景観」として国の重要文化的景観に選定されました。

 ちなみ、平安神宮は平安京を模してつくられたことから、境内では青龍像や白虎像など四神をかたどった像を見ることができます。建物の名前も蒼龍楼、白虎楼など四神にちなんでいます。

 神社で頒布している御朱印帳も四神がデザインされています。とてもかわいいので、平安神宮に行かれた際にはぜひチェックしてみてください。

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