日本史

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江戸の古地図|もともと寛永寺の参道だった上野広小路が盛り場として発展したのはなぜ?理由は

江戸の町を焼き尽した大火 「火事と喧嘩は江戸の華」といわれるように、江戸では複数の町を焼く火事がじつに1000回近く発生した。とくに明暦3年(1657)の明暦の大火は、江戸の町の約6割を焼き尽くし、10万人を超える死者を出すほどの大惨事とな...
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京都古地図|五山の送り火|古地図に描かれた「幻の火文字」とは?

先祖を送る夏の風物詩・大文字焼き  京都のお盆行事は、8月7日から10日にかけて行なわれる「六道参り」にはじまる。  そこで各家々に迎えられた先祖の霊は、8月16日に行なわれる「五山の送り火」で再び浄土へと送られる。  東山・如意ヶ岳の「大...
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浮世絵江戸の暮らし|江戸庶民は上水道を使っていた!【歌川豊国『絵本時世粧』】

浮世絵DATA 【タイトル】絵本時世粧えほんいまようすがた 【作者】歌川豊国 【制作年】享和2年(1802) (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 浮世絵解説  江戸時代の庶民...
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江戸の古地図|「番町」の町割はかつての旗本屋敷の名残!!

「番方」が住んだから「番町」!  高層ビルが建ち並ぶ東京にあって、なかなか江戸時代の名残を見つけることは難しい。だが、それでも注意深く観察すると、確かに当時の面影を感じられる場所もある。  たとえば、東京メトロ有楽町線・市ヶ谷駅から麹町駅に...
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京都古絵図|江戸時代の三条大橋はいまよりもずっと長かった!?

いまも昔も交通の要衝だった三条大橋  京阪三条駅、地下鉄東西線三条京阪駅と繁華街・河原町とを結ぶ三条大橋は、常に多くの人で賑わいを見せる。  この場所に本格的な橋が架けられたのは、天正18年(1590)のこと。豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻め...
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江戸の古地図|「お台場」はアメリカ艦隊の侵攻に備えて築かれた防御施設だった!!

アメリカの来航に対し、江戸の防衛を固める幕府  時は幕末の嘉永6年(1853)6月、アメリカ使節ペリーが浦賀に来航し、幕府に開国を要求した。これに対し、幕府側は対応に苦慮。12代将軍徳川家慶のもとで老中首座をつとめていた阿部正弘は国書をいっ...
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京都古地図|豊臣秀吉が築いた幻の伏見城はどんな構造だった?遺構は?

伏見に存在する2つの「伏見城」  伏見の地には、伏見城址が2つ存在する。指月の丘一帯と、明治天皇陵がある木幡山地区だ。  最初に伏見に城を構えたのは、豊臣秀吉である。  もともと伏見は、古来、景勝地として貴族に親しまれてきたエリアだった。ま...
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江戸の古地図|かつての日比谷は海の中!埋め立てで誕生した新たな町

埋め立てられた日比谷  慶長8年(1603)、江戸幕府を開いた徳川家康は、その翌年、江戸城の大増築工事に着手した。慶長10年(1605)、江戸城の第一次天下普請が開始される。  このとき、石材や木材などの輸送の荷受場となったのが、日比谷入江...
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浮世絵江戸の暮らし|駕籠に乗って吉原遊廓へ向かう江戸っ子【初代歌川広重『新吉原衣紋坂日本堤』】

浮世絵DATA タイトル:『江戸高名会亭尽 新吉原衣紋坂日本堤』 作者:初代歌川広重 制作年:1830年代 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 浮世絵解説  日本堤は隅田川の...