日本史

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江戸の古地図|「お台場」はアメリカ艦隊の侵攻に備えて築かれた防御施設だった!!

アメリカの来航に対し、江戸の防衛を固める幕府  時は幕末の嘉永6年(1853)6月、アメリカ使節ペリーが浦賀に来航し、幕府に開国を要求した。これに対し、幕府側は対応に苦慮。12代将軍徳川家慶のもとで老中首座をつとめていた阿部正弘は国書をいっ...
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京都古地図|豊臣秀吉が築いた幻の伏見城はどんな構造だった?遺構は?

伏見に存在する2つの「伏見城」  伏見の地には、伏見城址が2つ存在する。指月の丘一帯と、明治天皇陵がある木幡山地区だ。  最初に伏見に城を構えたのは、豊臣秀吉である。  もともと伏見は、古来、景勝地として貴族に親しまれてきたエリアだった。ま...
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江戸の古地図|かつての日比谷は海の中!埋め立てで誕生した新たな町

埋め立てられた日比谷  慶長8年(1603)、江戸幕府を開いた徳川家康は、その翌年、江戸城の大増築工事に着手した。慶長10年(1605)、江戸城の第一次天下普請が開始される。  このとき、石材や木材などの輸送の荷受場となったのが、日比谷入江...
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浮世絵江戸の暮らし|駕籠に乗って吉原遊廓へ向かう江戸っ子【初代歌川広重『新吉原衣紋坂日本堤』】

浮世絵DATA タイトル:『江戸高名会亭尽 新吉原衣紋坂日本堤』 作者:初代歌川広重 制作年:1830年代 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 浮世絵解説  日本堤は隅田川の...
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浮世絵江戸の暮らし|江戸っ子を熱狂させた勧進相撲【一曜斎国輝(2代歌川国輝)『勧進大相撲繁栄之図』】

浮世絵DATA 【タイトル】『勧進大相撲繁栄之図』 【作者】一曜斎国輝(2代歌川国輝・1830~74年) 【制作年】19世紀後半 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 浮世絵解...
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浮世絵江戸の暮らし|日本橋を渡る大名行列、魚河岸から魚を運ぶ棒手振【歌川広重『東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景』保永堂版】

浮世絵DATA 【タイトル】『東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景』 【作者】歌川広重初代(1797~1858年) 【制作年】天保4~5年(1833~34)頃 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || [])....
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京都古地図|江戸時代の四条には橋がかかっていなかった!?

四条大橋は粗末な仮の橋だった  京都の町を南北に流れる鴨川には、いくつもの橋が架かっている。そのうち五条大橋、四条大橋、三条大橋は京都を代表する名橋だ。  これらの橋のなかで、とくに人の往来が激しいのが、京都を代表する繁華街・河原町と祇園を...
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京都古地図|平安時代の「右京」は人が住めるようなところではなかった!?

発展を遂げた左京、衰退を余儀なくされた右京  平安京の都は、北辺中央の大内裏から南に延びる朱雀大路を中心軸として、左右に条坊制に基づく市街地が形成された。朱雀大路の東側のエリアが左京、西側のエリアが右京である。  しかし、都市として発展を遂...
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江戸古地図|繁華街・新宿の素地が形成された江戸時代、賑わいの中心を担った内藤新宿

江戸の出入り口に位置した江戸四宿  江戸・日本橋を起点とする五街道には道中に宿駅が置かれた。東海道は53宿、中山道は59宿、日光道中は21宿、奥州道中は10宿、甲州道中は44宿である。  これらの宿駅は幕府の役人や参勤交代の大名など公用の旅...