戦国時代の合戦に用いられた武具⑥鉄砲|大河ドラマ『豊臣兄弟』をもっと楽しむ

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戦国時代の合戦に用いられた武具⑥鉄砲 戦国時代
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鉄砲の伝来

戦国の合戦を一変させたのが、ポルトガル人がもたらした火縄銃です。

日本に火縄銃が伝来したのは、天文12(1543)年のことだといわれています。当時の鹿児島県種子島に3人のポルトガル人を載せた船が漂着した折、彼らが所有していた火縄銃の威力に興味を示した領主・種子島時尭は2挺購入。家臣に射撃法や製造法を研究させ、翌年には国産の火縄銃の生産に成功しました。

この製造法は紀州の根来や泉州の堺などに伝わり、なかでも大量生産に成功した堺は一躍火縄銃の産地として名をはせることになりました。

当時の火縄銃は、銃口から火薬と鉛の弾を入れ、火打石で点火して火薬を爆発させて弾を発射させる仕組みでした。殺傷能力もさることながら、槍や弓では届かない範囲にまで攻撃できるようになったため、味方の損害を抑えながら多くの敵を討ち取ることが可能になりました。



合戦に導入された鉄砲

火縄銃が合戦に初めて用いられたのは、天文19(1550)年の洛中の戦いだったといわれています。

また、戦国大名もこぞって火縄銃を戦力として導入。なかでも織田信長は15歳の頃から火縄銃に熱を上げ、永禄11(1568)年には堺、天正元(1573)年には国友の鉄砲鍛冶を支配下に置いています。

また、天正3(1575)年の長篠・設楽ヶ原の戦いでは3,000、または1,000挺の鉄砲隊を動員し、武田勝頼軍を撃ち破りました。



戦国時代をより楽しむための参考書籍

『戦国武将の解剖図鑑』本郷和人監修(エクスナレッジ)

戦時の兜・鎧・武器から平時の服装、茶器などの持ち物、城、人生を賭けた合戦までを完全図解!

『戦国の合戦と戦い方の絵事典』小和田哲男監修(成美堂出版)

本書は、地図やイラストによって戦国合戦の実像を深堀りし、主な合戦の情景を再現イラストとして掲載。さらに、準備過程、陣形や行軍の様子、合図となった鐘・太鼓・法螺貝などの使い方、首実検の模様に至るまで絵で解説。謀略、政策、兵站、多角的に戦国の戦を紹介。

『図解 武器と甲冑』樋口隆晴、渡辺信吾(ワン・パブリッシング)

「歴史群像」の好評連載が新規書き下ろし頁を加えて1冊に! 平安から戦国末まで、日本の武器と甲冑は戦争や戦い方の変化に伴ってどのような変化を遂げたのか。美術品としてではなく「戦うための道具」という観点からカラーイラストとともに図解する。

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