豊臣秀吉

戦国時代

戦国時代の合戦に用いられた武具②鎧|大河ドラマ『豊臣兄弟』をもっと楽しむ

鎧の変遷 鎧は、合戦の際に敵の攻撃から身を守るための防具です。すでに弥生時代から、木や竹、革製の簡易的な鎧が作られていたことがわかっています。 平安時代末期には武士にとってのステータスシンボルとなり、華美で大型の大鎧が主流となります。この傾...
戦国時代

戦国時代の合戦に用いられた武具①兜|大河ドラマ『豊臣兄弟』をもっと楽しむ

兜の進化 兜は、戦場で敵の攻撃から頭部を防御するために作られたものです。頭部を守るための鉢と、首を守るための錣しころから成り立っています。 頭部は人間の急所であるため、すでに古墳時代から鉄製の兜が用いられていました。 南北朝時代までは鉢の部...
日本史

京都・伏見に残る城下町の痕跡を歩く|京都歴史散歩

16世紀、豊臣秀吉は伏見に「指月伏見城」「木幡山伏見城」の2つの城を築きました。 指月伏見城は慶長元年(1596)閏7月12日に起きた大地震で倒壊してしまいましたが、秀吉はただちに木幡山を城地として選び、より強固な城郭と城下町をつくりあげま...
日本史

寺町通に寺院を集めた秀吉の目的は?繁華街となった理由は?|京都歴史散歩

京都の南北の通りのひとつである寺町通は、通り沿いに多くの寺院が建ち並ぶことからつけられました。 北は鞍馬口通の浄善寺から南は五条通の宗仙寺まで、およそ5キロメートルの通り沿いには、じつに100余りの寺院が存在します。 寺町通の歴史は、平安京...
古地図

京都地名由来|天使突抜という珍地名はなぜできた?秀吉との関係は?【古地図】

京都の町を歩いていると、他の土地ではお目にかかれない奇妙な地名や通り名に出会えます。なかでも面白い地名の代表格が、「天使突抜」です。今回は、天使突抜の由来に迫ります。 天使はエンジェルのこと? 『都名所図会』に描かれた五條天神宮 五条通の北...
古地図

京都市下京区・東山区|正面通の由来は?いったいなんの正面?【京都古地図】

正面通は、五条通と七条通の間を東西に走る通りです。その全長は、西は河原町通から東は大和大路通まで約1.6kmにのぼります。いったいなんの「正面」なのか、気になったことがある方は多いでしょう。そこで今回は、正面通の由来に迫ります。 古地図に記...
古地図

京都古地図|わずか9年で取り壊された豊臣秀吉の聚楽第はどんな構造だった?【天下人の城】

壮大な規模を誇った聚楽第  本能寺の変後、織田信長に代わり天下の覇権を掌中に収めた豊臣秀吉は、天正13年(1585)に関白に就任。政治の世界においても実権を掌握しました。  翌年、秀吉は京都における政庁兼邸宅の建造に着手します。こうして完成...
古地図

京都古地図|源義経と弁慶が出会ったのは現在の五条大橋ではない?どこで出会った!?

牛若丸と弁慶が戦った橋はどこ?  牛若丸こと源義経と弁慶の対決――その舞台となったのが、鴨川に架かる五条大橋であることは広く知られています。  時は、いまから約850年前の平安時代にまでさかのぼります。  月が美しいある夜、牛若丸は笛を吹き...
古地図

京都古地図|京都にはなぜ「東本願寺」と「西本願寺」がある?その理由

本願寺はなぜ京都に建てられたのか  京都駅の北には、広大な敷地を持つ2つの寺院が存在する。堀川通花屋町の西本願寺と烏丸通七条の東本願寺である。 『京大絵図』を見ると、江戸時代からすでにこのような形になっていることがわかるが、同じ「本願寺」で...