東京に稲荷神社が多い理由とは?
東京の町を歩くと、そこかしこで神社を見かけることができます。なかでもとくに多いのは、稲荷神社です。
稲荷神社の本社は、和銅4年(711)の創建と伝わる京都の伏見稲荷大社です。山城国(現在の京都府)の豪族だった秦伊呂具(はたのいろぐ)が餅を的にして矢を射たところ、その餅が白鳥となって山の峰にとどまり、そこに稲が生えたという霊異によって社殿を建立したのが由来だといいます(『山城国風土記』逸文による)。
主祭神の宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)は稲の神であり、人々からは農業神として信仰を集めました。
やがて時代が下ると、産業の発展に伴って稲荷神は農業神から商売神へと神格が拡大。江戸時代になると稲荷神の勧請が盛んに行われ、江戸市中の至るところで稲荷神が祀られるようになったのです。
諸大名の屋敷内はもちろんのこと、旗本や御家人、中流以上の町屋の屋敷内には必ずといっていいほど稲荷神社があり、屋敷内に稲荷社を勧進できない庶民は辻々の角に祀ったものでした。
「伊勢屋稲荷に犬の糞」ともっとも多いもののひとつに数えられるほど信仰を集めた稲荷神社が、時を超えて現代にまで受け継がれているのです。
日本橋に300年以上の歴史を誇る稲荷神社がある!?
古地図と現代の地図を照らし合わせてみると、稲荷神社が大切に祀られてきた歴史をうかがうことができます。
日本橋人形町界隈の様子を描いた『日本橋北内神田領国浜町明細絵図』には、現在の人形町通り(古地図上では人形丁通り)沿いに、「橘イナリ」「三光イナリ」「杉ノ森イナリ」と呼ばれた3社が記載されています。
驚くべきことに、これら3つの神社は、江戸時代から300年以上の歴史が経過した現代でも、それぞれ橘稲荷神社、三光稲荷神社、椙森神社として当時の場所に鎮座しているのです。
橘稲荷神社の創建についてはよくわかっていませんが、江戸時代、徳川将軍家の御典医をつとめた岡本玄冶の屋敷内にあり、その元の姓である「橘」の名を取ってそのように呼ばれるようになったと伝わります。
三光稲荷神社の創建は17世紀初頭のことと伝わります。歌舞伎役者である2代目関三十郎が伏見から勧請したことにちなみ、当初は「三十郎稲荷」と呼ばれましたが、いつしか「三光神社」へと改称されたといいます。
椙森神社は平安時代に藤原秀郷が建立したと伝わります。杉が生い茂る森につくられたことから、その名で呼ばれるようになったとか。江戸時代はこの神社の境内で「富くじ」が開催され、博打好きの人々で大いににぎわいを見せました。また、烏森神社・柳森神社と合わせて「江戸の三森」として信仰を集めました。
人形町は古き町並みが残る下町エリアとして人気が高いエリアです。人形町を訪れた際は、ぜひこれらの稲荷神社を訪ねてはいかがでしょうか。江戸時代の人々が商売繁盛を願って手を合わせる姿が目に浮かんでくることでしょう。
もっと江戸の古地図を知りたい人におすすめの書籍一覧
『古地図で辿る歴史と文化 江戸東京名所事典 』笠間書院編集部編(笠間書院)
本書は、主に『江戸名所図会』に載る名所・旧跡、寺社のほか、大名屋敷、幕府施設、道・坂・橋、町、著名人の居宅などを、美しさと実用性で江戸時代に好評を博した「尾張屋板江戸切絵図」と「現代地図」を交えて事典形式で解説。
『東京人2020年9月号 江戸東京エア(空想)散歩』
地図づかいのスペシャリストたちが、時代や用途が違う地図を「タイムマシーン」にして、テーマ別の空想散歩を指南。空想散歩に出かけるための各種地図もいろいろご紹介。
『重ね地図でタイムスリップ 変貌する東京歴史マップ』古泉弘、岡村道雄ほか監修(宝島社)
現代の地図をトレーシングペーパーに載せて過去の地図に重ね、当時の地形からの変化を透かし地図でよりわかりやすく解説。縄文時代、徳川入府以前、徳川時代の江戸、関東大震災後(後藤新平の作った江戸)、昭和30年代以降、大きく変貌する前の東京の地図を掲載。新宿、渋谷、六本木など、重ね地図でその変化がわかる。
『カラー版重ね地図で読み解く大名屋敷の謎』竹内正浩(宝島社新書)
厳選された16のコースで東京の高低差を味わいつつ、楽しみながら歴史に関する知識が身に付く一冊。五街道と大名屋敷の配置には、どのような幕府の深謀遠慮が秘められていたのか?大名屋敷は明治から今日に至るまで、どのように活用されたのか? など多種多様な疑問に答える。高低差を表現した現代の3D地図に、江戸の切絵図を重ねることによって、「江戸」と「いま」の違いも一目瞭然。
『写真のなかの江戸 絵図と古地図で読み解く20の都市風景』金行伸輔(ユウブックス)
ベアト撮影「愛宕山から見た江戸のパノラマ」、モーザー撮影『ファー・イースト』掲載写真ほか。幕末・明治初期の古写真に写し撮られた都市江戸の実像を、絵図・古地図・文献史料を駆使し、徹底的に解読!幕末の大名屋敷の変容/旗本屋敷の建物の格差/日本橋の板葺屋根の町並み/築地の裏長屋/赤坂に並ぶ茅葺家屋/富士山を向いた「さざえ堂」/江戸にもいたコウノトリの巣、など新事実満載!
『古地図から読み解く 城下町の不思議と謎』山本博文監修(実業之日本社)
古地図と現代の図を「くらべて」分かる、城下町の成り立ちと特徴! 江戸・名古屋・大阪をはじめ、全国の主要な城下町を、古地図をもとに検証。国土地理院の現代の図と定点で比較することから、思わぬ町の機能が見えてくる!