ゼウスを虜にしたガニュメデス
ギリシア神話において、オリュンポス１２神の最高神として君臨したゼウスは雷などの気象を自在に操ることができる天空の神です。しかしそんな強力無比な神は、無類の女好きでした。ひとたび気に入ると、必ず自分のものにしてしまいます。女神はもとより、人間の女性にも目がありませんでした。人妻であろうが、婚約者がいようが、そんなことはゼウスには関係ありません。
一方、ゼウスを虜にしたのは、女性だけではありません。なんと美しい少年にも目がなかったというのですから、どれだけ節操がないんだという話です。
とくにゼウスのお気に入りだったのがガニュメデス。神々の宴席でゼウスの盃にネクタル（不死になる酒）を注ぐ役目を与えられた少年です。
もともとガニュメデスは、トロヤという国の王子でした。「この世で一番美しい」と称されるほどの美貌の持ち主だったといいます。
そんなガニュメデスが山で父王トロスの羊の群れを放牧していたときのことです。天空にいたゼウスは、めざとく彼のことを見つけます。輝かんばかりの美しさが天空にも届いてしまったのですね。
このときゼウスは、ひと目で恋に落ちてしまいます。
「あぁ、なんと美しい少年だろうか……彼を何としてでも手に入れたい」
ゼウスの辞書に「ガマン」という言葉はありません。最高神ですから、自分が手に入れたいものは必ず手に入れるのです。「俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの」です。某ジャイアンを彷彿とさせる暴君です。けどジャイアンは映画版では必ずのび太を助けてくれる、じつはいい奴です。後述しますが、ゼウスにも若干の良心というものはあるみたいです。
さて、ガニュメデスを気に入ったゼウスは彼を侍らせるべく、オオワシに変身して彼を捕まえ、そのまま天界へと連れ去ってしまいます。そしてなんと人間である彼を「不死」とし、自分の愛人としました。もうメチャクチャですね。
突然我が子を連れ去られてしまった両親は、当然嘆き悲しみます。
「神よ……どうか愛する我が子をお返しください……」
ところがガニュメデスはすでに人間ではなくなってしまっていました。また、ゼウスも愛する彼を親元へ返そうなんて気は微塵も起こりません。
しかしさすがに、ちょっと悪かったかなと反省したのでしょう。ガニュメデスの両親を慰めるために、風のように速く走ることができる神馬を与えた、黄金の葡萄を与えたなどといわれています。
ガニュメデスの掠奪
古来、この神話をもとにした絵画が多く描かれてきました。なかでも私が好きなのは、コレッジョの『ガニュメデスの掠奪』です。マントヴァ公ゴンザーガ家のフェデリーゴ２世が神聖ローマ皇帝カール５世への贈り物としてコレッジョに制作を依頼したものです。
見てください、このガニュメデスの愛らしさを。クリクリのブロンドヘアーにぷっくりとした身体。思わずゼウスが連れ去りたくなる気持ちもわからないでもありません。いや、普通に犯罪ですから誘拐はダメ、絶対。
比較的青年を描いた作品が多い中で、コレッジョはガニュメデスを少年として描くことで、ゼウスを虜にした愛らしさを表現したのでしょう。
ガニュメデスを捕まえているオオワシは、ゼウスの変身した姿です。口元をよく見ると、舌を出してガニュメデスの腕をペロペロしています。
「私はあなたに危害を加えるつもりはない。どうか落ち着いてほしい」
怖がるガニュメデスを優しくなだめているわけですね。ゼウスのガニュメデスへの思いを感じることができる構図です。
じつはワシは、「キリスト」を象徴する動物だと考えられていました。キリスト教で救世主とされているイエスのことです。
ワシが人間を天へと連れ去る。すなわち、この神話は「人間の魂が神によって天に昇る」ことを示すという風に解釈されたのです。
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