新王に疎んじられた楽毅
楽毅の侵攻の前に臨淄をおとされた斉の湣王は莒へと逃れて守りを固めましたが、宰相・淖歯に裏切られて殺害されてしまいます。その後、斉では子の襄王が即位しました。
楽毅は依然として斉領に留まり、莒・即墨の2城の攻略をもくろみましたが、前279年、燕の昭王が亡くなって恵王が即位すると、事態は一変します。
恵王は太子だったころから楽毅のことを疎んじていました。即墨を守っていた斉の田単はそこにつけ込み、燕に反間の計を仕掛けました。燕国内に間者を放ち、「楽毅が莒と即墨を落とさないのは、時機を見計らい、自らが王となろうとしているからだ」との噂を流させたのです。
もともと楽毅を疑っていた恵王は、すぐにこの噂を信じました。そして楽毅を罷免するや、騎劫という将軍を新たな将軍に任じたのです。
こうして燕を追われた楽毅は誅殺されることを恐れ、そのまま趙へと亡命しました。趙の恵文王はこれを喜び、楽毅に封地を与えるなどして厚遇しました。
田単の策にはまり、瓦解する燕軍
楽毅の追放に成功した田単は、次々と謀略を繰り出していきます。燕軍に即墨の墓所を荒らすように仕向けて即墨の人々の怒りをあおったり、兵士のひとりを「神師」に仕立てあげて神から命令が発せられたように見せかけたりしたのです。
そうしていよいよ即墨城内における士気が高まったと判断した田単は、武装した兵士たちをすべて隠すと、城壁に老人や女性、子どもらをのぼらせ、偽りの降伏を申し出ました。また、即墨の富豪の名前で燕の将軍に金を贈り、「即墨城が降参しても、我々一族だけは決して捕虜にはしないでくださいませ」と懇願させたのです
田単の策によってすっかり油断した燕軍は、武装を解きました。
その様子を見た田単は、夜、城内にいた1000頭の牛の角に刀をくくりつけ、尾に油に浸した葦の束を結んで火をつけると、城外に布陣している燕軍に向け、一斉に放ちました。
火の熱さに暴れ狂う牛により、燕軍は混乱状態に陥ります。とそこへ、田単は決死の兵5000を引き連れて燕軍を急襲。騎劫を討ち取り、即墨から燕軍を追い払うことに成功したのでした。
田単はその勢いのままに進軍し、燕に奪われていた城をすべて奪還。そして莒にいた襄王を臨淄に迎え入れました。こうして田単の活躍により、斉は危急を脱することができたのです。
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