古地図で辿る歴史の舞台・池波正太郎作『鬼平犯科帳』の現場を歩く

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池波正太郎の代表作『鬼平犯科帳』

 小説家・池波正太郎の代表作のひとつである『鬼平犯科帳』は、江戸時代、市中の治安維持に活躍した火付盗賊改役・長谷川平蔵(鬼平)を主人公とした時代小説です。1967年から1989年にかけて刊行されましたが、残念ながら作者の死によって未完で終わることに。累計発行部数は3000万部以上。いまもって多くの歴史ファンを虜にしています。

 池波は小説の執筆にあたり、江戸の町を描いた切絵図を常に手元に置いていたといいます。また、現地取材による綿密な調査も欠かしませんでした。 

 池波が細部にまでこだわった『鬼平犯科帳』の世界。実際に町を歩いて、その世界観を味わってみましょう。

1.都営新宿線菊川駅→長谷川平蔵屋敷跡

 まずは都営新宿線に乗り、菊川駅へと向かいます。菊川駅が位置する三つ目通りと新大橋通りの交差点北東角地に、長谷川平蔵の屋敷はありました。

 当時、屋敷は火付盗賊改の役宅兼自宅として使われていました。寛政7年(1795)に平蔵が50年の生涯を終えたのも、この場所でした。

 その後、平蔵の孫の時代に、「遠山の金さん」でおなじみの遠山景元(金四郎)の屋敷となりました。そのため、墨田菊川郵便局の前には平蔵と金四郎の屋敷跡であることを示す案内板が立てられています。

 ですが、小説の平蔵が住んでいたのは菊川ではなく、本所入江町の鐘楼前でした。池波は切絵図を眺めた際、入江町の時の鐘前に記されていた別の長谷川邸を平蔵の屋敷と考えたのでした。また、小説では役宅も江戸城清水門前となっていますが、火付盗賊改の平蔵には役宅は与えられておらず、菊川の自邸が役宅も兼ねていました。

2.弥勒寺門前→お熊婆の笹や

『江戸名所図会』より「本所 弥勒寺」

 作中では、じつにさまざまな店が密偵の連絡所として登場します。なかでもよく使われたのが、弥勒寺門前にあった茶店・笹やでした。

 菊川の平蔵屋敷跡から新大橋通りを西へ進み、森下駅前交差点を右折。北へ歩き、千歳3丁目交差点を右へ曲がったところに弥勒寺はあります。

 創建は慶長15年(1610)。当初は小石川鷹匠町にありましたが、元禄2年(1689)に現在地へ移転。当時は真言宗関東4か寺のひとつとして隆盛を極めました。

 作中では、この弥勒寺の門前でお熊という老婆が笹やを営んでいました。お熊は男勝りの性格で、本所・深川のことであれば知らないことはないというほどの生き字引。密偵として平蔵のお役目にも協力し、「お熊と茂平」の話で弥勒寺が盗賊の一味に襲われたときは、お熊の活躍で犯罪を未然に防ぐことができました。

 以降、お熊は平蔵の正式な密偵として活躍。笹やを「盗賊改メの出店のようなもの」と語るほどでした。

3.富岡八幡宮→料理茶屋川半・甘酒や恵比寿屋

東都深川富ケ岡八幡宮境内全図

 森下駅から都営大江戸線に乗り、門前仲町駅で下車。東方向へ6分ほど歩くと、富岡八幡宮へとたどり着きます。

 富岡八幡宮は8世紀の創建と伝わる古社で、寛永4年(1627)に現在地へ移転。当時、門前には参詣客を目当てとした料理茶屋やお店が建ち並び、賑わいを見せました。

本所深川絵図
『江戸名所図会』より「富岡八幡宮」。門前に茶屋町が形成されている様子をうかがえる。

 料理茶屋川半は「蛇苺」の話に登場します。この店には、盗賊界のなめ役(盗みに入る商家などを調べる)針ヶ谷の宗助の女房・おさわが座敷女中のひとりとして入り込んでいました。

 また、富岡八幡宮境内にあった甘酒屋・恵比寿屋は「あばたの新助」の話に登場。ここで働いていた茶汲女のお才は、じつは盗賊・網切の甚五郎の女房でした。同心・佐々木心助は彼女に誘惑され、探索の情報をもらしてしまうという一幕もありました。

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