美少年ヒュアキントスを愛したアポロン
さて、前回はゼウスとガニュメデス少年の愛のドラマをお送りしましたが、じつはオリュンポスの神々の中には、ゼウスの他にもやはり美少年に恋に落ちてしまった神がいます。アポロンです。
アポロンは、ゼウスと従妹レトの間に誕生した神です。そう、じつはゼウスの息子なんです。血は争えないといったところでしょうか。双子の姉はアルテミス。狩猟の神です。
黄金の光とともに誕生したアポロンは預言の神となり、デルポイの神殿を通じて我々人間に物事の真実や未来を伝えました。
ただし、アポロンは人にとても厳しい神でした。デルポイの神殿の入り口には「汝自身を知れ」という言葉が刻まれているのですが、これは、「自分が人間であることをしっかりとわきまえ、神との違いをけっして忘れてはいけない」という戒めを表わしています。
その言葉通り、アポロンは人間の思い上がった行動を許しません。おごり高ぶる人間がいたら、矢を射って容赦なく殺してしまいます。もしそれが大勢だった場合は、目には見えない無数の矢を放ち、疫病を流行させて殺害しました。ひぇ~、なんて恐ろしい……。
このように人間に対しては時として残忍な一面を持ったアポロンですが、あるとき、スパルタ近くのアミュクライという町に住むヒュアキントスという少年に恋をします。ヒュアキントスはやはり世にもたぐいまれなる美貌の持ち主。おっと、お父上のゼウス様に似て面食いなんですな。
だけどゼウス父と異なっていたのは、二人が相思相愛だったことです。ヒュアキントスもまた、アポロンのことを心から崇拝し、その愛を受け入れました。
ところが、この二人の仲睦まじい姿を見て、激しく嫉妬の炎を燃やすものがいました。西風のゼピュロスです。The・三角関係☆
ゼピュロスはとにかくヒュアキントスのことが好きだった。だからヒュアキントスとイチャイチャするアポロンのことが大嫌いでした。そしてそのいびつな愛が、悲劇を生んでしまうことになるわけです。
ある日、アポロンとヒュアキントスは円盤投げをして楽しんでいました。
「ほら、いくぞ~」
「え~、取れない~、もっとまっすぐ投げてよぉ。ふふふ」
といった会話がなされていたかは知りませんが、このように仲良く遊んでいたわけです。
もちろん、ヒュアキントス大好きっ子のゼピュロスも陰ながらそれを見ていました。現代でいうとストーカーですね。
「なんで僕に振り向いてくれないんだ!」
ゼピュロスの心に、だんだんとどす黒い怒りの感情が沸き起こっていきます。きー、悔しい!
だけどアポロンとヒュアキントスの二人の視界にゼピュロスが入ることはなく、ラブラブ円盤投げを続けていました。アポロンが円盤を投げます。そしてヒュアキントスはそれを追い、夢中で走ってキャッチしようとしました。
とそのときです。
嫉妬の炎に駆られたゼピュロスが意地悪をして風を起こし、円盤の飛ぶ方向を変えてしまいました。
すると、その円盤がなんとヒュアキントスの額に直撃してしまったのです。彼は血を流しながら、その場に倒れ込みました。
「なんとことだ!!」
アポロンは慌てて愛しのダーリンのもとへ駆けつけます。しかし、その命はすでに尽きかかっていました。
「あぁ、できることなら不死の神であることをいますぐにやめて、お前と一緒に冥界に行けたらどんなによいか……!」
こうしてヒュアキントスは亡くなってしまいます。アポロンは最愛の人の死に、大声をあげて泣きわめきました。
ヒュアキントスの血は、そのまま大地へと染み込んでいきました。そしてそこに咲いたのが、ヒヤシンスの花でした。
『ヒュアキントスの死』ティエポロ
この作品は、18世紀のイタリアの画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロがヒュアキントスの死の場面を描いたものです。画面右下、上半身裸で倒れている男性がヒュアキントス。美青年ですな。そして右腕で顔を覆い、絶望の表情で見つめる上半身裸の男性がアポロンです。
二人の間にいる小さな子どもは、愛の神エロス。絵画のテーマが「愛」であることを表現するときによく使われます。エロスを描くことで、二人が恋人同士であるということを示しているわけですね。
倒れたヒュアキントスの手元には、テニスのラケットが描かれています。ルネサンスの時代、イタリアではテニスが流行しました。そこで神話の円盤投げの代わりにテニスラケットが採用されたのです。よく見ると、奥にはテニスコートが小さく描かれているのがわかります。
そしてテニスラケットの横に咲く白い花。これがヒヤシンスです。神話で描かれる花はじつはアヤメ科のアイリスだったともいわれますが、この可憐な花からヒュアキントスという人物像が生み出されたとされます。古代の人々はなんてロマンチックだったのでしょうか。
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